Kalampakaカランバカ
H.12.12.25 テッサリア平野の北限に位置するKalampakaカランバカの町はクリスマス
本番。Ferreouフェレオス広場にはキリスト生誕の馬小屋が作られている。
ギリシアの各都市がイルミネーションを除くと殆どが閉店しているのに対
して、ここKalampakaカランバカの町は多くの店が営業をしている。
H.12.12.26 朝6:10、教会の鐘の音が響く。7:30〜8:20、教会堂から周辺を散策。町
の人々が三々五々と教会堂に。教会堂の中は礼拝の人々で一杯になって
いる。

grek0041=カランバカの教会堂
教会堂向背部には太古の海底で水の流れに削り取られた奇岩が聳え立
つ。南側の奇岩の上にはステファノス修道院が今昇りくる朝日に輝いてい
る。カリメーラの挨拶を残して農夫が行くこの道は崖上の修道院へ続く道
か・・・。

grek0042=奇岩の上の修道院
坂の上から眺めたKalampakaカランバカの町はオレンジ色の屋根と白い
壁が目を引く。また、紫雲たなびく先に聳えるピンドス山脈の山並みが美
しい。

grek0043=坂上からのカランバカ
Meteoraメティオラ
Kalampakaカランバカの後背部に聳え立つ奇岩の洞穴に修行の場を求め
て修道士が住み着いたのは11世紀のこと。その後、崖上に修道院を建て
るようになり、徐々にその規模を拡大して16世紀には最盛期を迎えたとい
う。しかし、現在では無住のものも少なくない。
Meteoraメティオラの名前の由来となったMoni Megalon Meteoronメガロメ
トロン修道院の建設は1356年。セルビア王国の庇護を受けていた
Moni Agiou Triadouアギア・トリアダ修道院
8名の男性修道士が修行を続ける。向かい側の岩場からワイヤーロープでブリキの籠
を渡す。

grek0044=アギア・トリアダ修道院
Moni Agiou Stephanouステファノス修道院
20世紀に入って女性が認められ、現在では28名の女性修道士が修行を続けている。

grek0045=ステファノス修道院
修道院
現在、たった一人の修道士が修行を続ける。

grek0046=雪景色の修道院
ここでノーマルタイヤのバスは、路面凍結のため、奥へ進むことを断念。
Moni Agiou Roussanouルサヌー修道院およびMoni MegalonMeteoron
メガロメトロン修道院は遠景を眺めることでバスはUターン。午後の天気
予報は雪。結局雪は降らなかったが、逆コースから来たドライバーの証言
では、Moni Megalon Meteoronメガロメトロン修道院では階段が閉鎖され
て登ることができなかったという。
Moni Agiou Roussanouルサヌー修道院
9名の女性修道士が修行続けている。岩場の間からKalampakaカランバカの町が望める。

grek0047=カランバカ遠望
Moni Agiou Varlaamバルアム修道院
Moni Agiou Metamorfosis Sotiros(Moni Megalon Meteoron)メガロメトロン修道院

grek0048=メガロメトロン修道院ほか遠景
セルビア王国の庇護を受けた1356年建設のMoni Megalon Meteoronメガ
ロメトロン修道院はMeteoraメティオラの名前の由来となった。多くの宝物
が現在に伝えられる。手前はMoni Agiou Varlaamバルアム修道院。
昼食を済ませた後Athens アテネへの帰途につく。バスはひた走るだけ。再び綿花畑を
抜けて雪の峠へ。全体的に牧歌的風景が続く。
15:30、緩やかな雪の峠を越えて、雪の峠を越えて、漸くLaminaラミナの町が遠望でき
るところまで戻ってくる。
LaminaラミナからAthens アテネへは、ただゝゞ高速道路をひた走る。周辺の風景は礫
のような石灰岩の大地で、低木が点々とする耕作不毛地が拡がっている。17:20、
Parnassosパルナソス山を水源としてDelpiデルフィー方面から延々引水してきたAthens
アテネ市民の水瓶イリキ湖脇を通過。Thiveテーベの町が遠望できる頃、耕作不可能な
石灰岩大地に囲まれた僅かな窪地に土壌改良された耕作地が増加してくる。17:30を
過ぎて漸う夕闇が迫りくる。闇に浮かぶ灯は集落の一定間隔に設けられた外灯で、少し
光量の強い蛍の群のように見える。町と町の間隔は数キロはあろうか。

greek6=ステファノスの丘
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